2008-01-01から1年間の記事一覧

《せせらぎに行方をまかす落椿》

浅い瀬である小川に椿の花が落ちて水の流れに身をまかせている状景を句にしました。静寂な風景に心が洗われます。

《漂うて行きつ戻りつ流し雛》

流雛は古代からの祓(ハラ)いの思想が残っており人々のけがれを形代(カタシロ)としての雛にうつして流してしまうものです。すいすいと雛流しができず漂っている様子を句にしたものです。

《薄氷(ウスラヒ)にためらう歩幅二歩三歩》

早春、薄く張る氷に足をとられない様に用心している姿を表現しています。薄氷に対処する用心、そしてまたぐ決断が日常生活にもあります。

《虫眼鏡座右に備え春炬燵》

加齢に伴い小さな字を判読し難くなりました。背を丸めて炬燵のお守りをしながら辞書を見る時虫眼鏡をよく使っています。

《断崖を斜めに飾り野水仙》

淡路島の水仙郷を訪れた時の句です。眼下に瀬戸内海を見下ろし群生した水仙を眺めながら急な坂道を登りました。

《鶴首して吉報を待つ春隣》

受験シーズンになると首を長くして合格通知を待っています。春は隣まで訪れている様です。昔、電報で「桜咲く」を見て欣喜雀躍したものです。

《掘り返す土は息吹て春めきぬ》

長い冬の寒さがゆるみ庭の土を掘り返すと土まで春を待ちこがれている様な気がします。

《雨戸引く音もやわらぎ寒明ける》

暦の上では二月初旬の立春をもって寒が明けます。今まで寒々とした雨戸の音も心持やわらいだ感じがします。

《肩を寄せ息を凝らして餅沈む》

餅は日が経つと固くなり黴(かび)が生えたりするので寒の水を張った水がめに浸しておく。水餅にしておくと食べるといつまでも柔らかい。幼少時代故郷では水餅をよく作っていたが現在はあまり見当たらない。生活習慣の変化でしょう。往時を回想し作句しまし…

《渦潮の色やわらかく春近し》

鳴門海峡の渦潮は見る人をして引き込まれそうですが潮の色も春近しの感があります。

《大書する命の重さ去年今年》

去年今年(コゾコトシ:季語)は昨日はすでに去年であり今日ははや今年です。そのあわただしい時の流れの中で抱く感懐があります。「去年今年貫く棒の如きもの」(高濱虚子)

《烈震の亀裂は癒えず冴返る》

阪神淡路大震災より13年経過しました。ハード面では表通りは復興できた様ですが心の傷は癒えません。

《慰霊碑の刻字に触れし指凍てぬ》

阪神淡路大震災から13年が経ちました。 筆舌つくせぬ当時の恐ろしい体験を想起すると共に震災の犠牲となられた方々の鎮魂をあらためて祈ります。

《マスクして孤独の人となりにけり》

風邪防止のマスクが口を閉ざしおしゃべりも出来ず一人ぼっちとなりました。おしゃべりはストレス解消にもよいでしょう。マスクをとりましょうか?

《拍子木のリズム乱れず風冴ゆる》

夜回りの人達が「火の用心」と云って拍子木を鳴らしている。刺すような寒さの風の中を夜回りしている方々に感謝致します。

《若水を汲みし釣瓶も朽ち果てて》

故里の古井戸で少年時代新年の若水を汲んでいたがもう井戸は使わず釣瓶(つるべ)も朽ち果てて懐旧の念に駆られている。

《時差越えてインターネットの初便》

アメリカ在住の家族からの初便はインターネットで来た。文明の世の中に老人は驚いているばかりである。

《海原を持ち上げ昇る初日かな》

初日の出の活力とエネルギーが海原を持ち上げている様に感じました。

《今年また一年ものの日記買ふ》

================================================ 長い人生で溜めてきた短い俳句とその時の背景などをゆっくりと綴っていきます。 ================================================ 傘寿を過ぎました。光陰矢の如く時は過ぎて行きます。一年ものの日記で…